「余白」を設計する:現代の邸宅における『間』の再定義
日本建築の神髄を語る上で欠かすことのできない概念、それが『間(ま)』です。しかし、この言葉が持つ意味は、単なる「空虚なスペース」や「何もない場所」を指すのではありません。私たち河添建築事務所(KAWAZOE-ARCHITECTS)が追求するのは、物理的な空白そのものではなく、その空白が立ち上げる「気配」や「緊張感」、反映される住まい手の感性に訴えかける「豊かさ」の設計です。
現代のラグジュアリー住宅において、伝統的な『間』の思想をどのように再構築し、都市の喧騒の中に静謐な秩序をもたらすべきか。今回は、私たちが日々向き合っている建築哲学の深層について紐解いていきます。
物理的な空白を超えて — 『間』の本質的な構造
日本建築における『間』とは、空間と空間、あるいは時間と時間の「つなぎ目」であり、同時にそれらを「隔てる」媒体でもあります。かつての日本家屋において、障子や襖によって緩やかに仕切られた空間は、光の移ろいや人の気配を透過させ、多義的な意味を持っていました。
現代の住宅設計において、この感覚を再現するためには、単に部屋を広く取るだけでは不十分です。私たちは、視線の抜け、素材の質感の変化、そして光のグラデーションを緻密に計算することで、機能を超えた「余白」を創出します。それは、住まい手がふとした瞬間に立ち止まり、思索にふけるための場所。機能が確定されていない空間こそが、現代人の精神を解放する鍵となります。
境界線の曖昧さと「奥」の概念
西洋建築が壁によって空間を峻別する「石の文化」であるならば、日本建築は柱と床によって空間を定義する「木と紙の文化」です。この違いは、境界の扱い方に顕著に現れます。私たちは、内と外を完全に断絶するのではなく、軒下や縁側のような中間領域を現代的なマテリアルで再解釈します。
都市部における限られた敷地条件であっても、視覚的な「奥」を演出することで、実面積以上の広がりを感じさせることが可能です。レイヤーを重ねるように空間を構成し、一歩進むごとに景色が変化していくシークエンス。この時間の流れさえも取り込んだ設計こそが、私たちの考える『間』の構築です。
物質と非物質の対話 — 素材が紡ぐ静寂
建築を構成する要素は、コンクリート、木、石、金属といった物質的なものだけではありません。それらが反射する光、落とす影、そしてそこを通り抜ける風といった非物質的な要素が、空間に「命」を吹き込みます。私たちの作品集をご覧いただければ、いかに素材の選定とその対比が空間の質を決定づけているかをご理解いただけるでしょう。
コンクリートの冷徹な質感の中に、樹齢を重ねた無垢材の温かみを添える。あるいは、ミニマルな空間に自然石の荒々しい表情を対置させる。こうした素材同士の「距離感」もまた、一種の『間』と言えます。過剰な装飾を削ぎ落とし、本質的な素材の力を引き出すことで、空間には凛とした静寂が生まれます。
光と影のシークエンス
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に象徴されるように、日本人は古来より、闇の中に美を見出してきました。現代の住宅においても、均一な明るさを提供する照明計画は、空間の深みを奪ってしまいます。私たちは、あえて「照らさない場所」を作ることで、光の美しさを際立たせます。
天窓から差し込む一筋の光が、土間の床を刻一刻と移動していく様子。夕暮れ時、庭の木々の影が壁面に映し出される揺らぎ。こうした自然との対話が、住まい手の日常に深い充足感をもたらします。物質的な豊かさではなく、現象としての豊かさを享受するための器としての建築。それこそが、私たちが目指す理想の邸宅です。
都市における静謐の確保 — 現代の邸宅に求められるもの
グローバル化が進み、あらゆる情報が瞬時に手に入る現代において、邸宅はもはや単なる「生活の拠点」ではありません。それは、外部の世界から守られた「精神の聖域」であるべきです。私たちは、施主様お一人おひとりのライフスタイルを深く洞察し、どのような『間』がその人生に寄り添うべきかを思考します。
パースペクティブという観点から見れば、建築は常に社会や自然との関係性の中に存在します。都市の文脈を読み解きつつ、一歩足を踏み入れれば別世界のような静けさが広がる。そのような対比的な空間構成を実現するためには、高度な技術的裏付けと、研ぎ澄まされた美意識が不可欠です。
プログラムされない空間の豊かさ
「リビング」「寝室」「書斎」といった明確な名前を持たない場所。廊下の一部が少しだけ広くなっていたり、階段の途中に外を眺めるためのベンチがあったり。こうした「プログラムされない空間」こそが、住まいに遊びとゆとりを与えます。無駄を徹底的に排除した先に見えてくる、極めて贅沢な「無駄」。この逆説的なアプローチが、河添建築事務所のアイデンティティの一つでもあります。
哲学的視座からの建築 — 記憶に残る風景を創る
建築は、竣工した瞬間が完成ではありません。時の経過とともに素材は味わいを増し、住まい手の記憶が積み重なることで、ようやく「家」としての魂が宿ります。私たちは、数十年後、数百年後も色褪せることのない、普遍的な美しさを備えた建築を形にしたいと考えています。
伝統的な『間』の概念を現代に解釈することは、過去への回帰ではなく、未来への提言です。日本人が古来より持ち続けてきた「自然を敬い、調和の中に生きる」という精神を、現代の最先端技術と融合させる。この挑戦に終わりはありません。
現在、私たちは東京オフィスを中心に、国内外で多様なプロジェクトを進行させています。それぞれの土地が持つ記憶を掘り起こし、その場所にふさわしい、唯一無二の「余白」を紡ぎ出していくこと。それが私たちの使命です。
結びに代えて
『間』を設計するということは、目に見えないものを設計するということです。それは、空気感、温度、湿度、そしてそこに流れる時間そのものを形にすることに他なりません。私たちが手がける住宅が、住まう方にとって、自己と向き合い、大切な人との絆を深めるための、静謐で豊かな舞台となることを願っています。
洗練されたミニマリズムの中に、日本建築の伝統が息づく。そんな空間での暮らしを、共に見つめていきませんか。
河添建築事務所(KAWAZOE-ARCHITECTS)
代表 / 建築家 河添 甚



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